要旨:脳磁計の測定限界は、頭皮上脳波で必要とされる大脳皮質の半分程度の同期で済む
前項では、脳磁計は 10 nAm 単位で電流モーメントを測定できる、あるいはそのように要求されていることを確認した [1]。では、この電流モーメント 10 nAm を起こすには大脳皮質のうちどの程度の面積が同期して活動すれば良いだろうか?
以下の議論は生理学的な仮定や実験結果または臨床的知見を集めたものだが、より巨視的な検証を行うたびに結果が覆っている。生理学的な検証は実験室・試験管の中での仮想的な話なので、実際に臨床へ応用するとなると思いがけず上手くいかないようだ。
細胞ごとの理論的検討:
1つのシナプス後電位により発生する樹状突起の細胞内電流の代表的な理論値は 0.02 pAm だ [1]。1つの神経錐体細胞は数本の樹状突起を持ち、数千のシナプスを受けるけれども、1/1000 のシナプス後電位しか同期しないと控えめに仮定する(0.02~0.2 pAm/cell)。錐体細胞の密度は 10 万個 \( /mm^2 \) だから [1]、理論的には大脳皮質の \( 1 mm^2 \) が同期して活動すれば、2~20 nAmとなって脳磁計で測定可能となる。
実験的検討:
実験的には個々の細胞が生じる電流モーメントは 0.2~3 pAm/cell であり、10 nAmを生じるには僅かに1~5 万個の神経錐体細胞が同期すれば良いとされる [2]。
ところが、実験的に神経パッチを作成して検討すると、10 nAm を生じるのに必要な面積は \( 25-100/mm^2 \) と理論値よりもずっと大きくなる [3,4]。とは言え、\( 1/cm^2 \) 以下というのは肉眼的には十分に小さい。
臨床的検討:
では臨床応用すれば、脳磁図の脳活動に対する検出感度は皮質 \( 1/cm^2 \) 以下だと言えるだろうか?
残念ながら頭蓋内電極などで臨床的に検討すると、大脳皮質は \( 3.0-4.0/cm^2 \) が同期する必要があることが確認されている [5, 6]。
このように、脳磁図の生理学的な議論は、理論・実験・臨床と進むごとに必要とする皮質面積が大きくなる。とは言え、頭皮上脳波 electroencephalography (EEG) が大脳皮質 \( 6-10/cm^2 \)の同期を要することと比較すると十分に感度が高いことがわかる [7]。
こうした現象は一般的には、実際の脳では錐体細胞およびその樹状突起の方向が多様で電流が打ち消し合い、しかも実際の神経活動は時間的な揺らぎがあって同期が不揃いであるからだ、と説明されるのが定番となっている [1, 8]。
管理者としては特に、皮質において神経細胞の配列は open filed(細胞内電流が加算されて磁場は計測可能)を形成するように同一平面上に平行に配列しており、深部神経核では closed filed(細胞内電流が打ち消し合って磁場は計測不可能)を形成するように同心球状に放射状に配列するのだ、という伝統的な考えが単純過ぎて実情に合っていないのではないかと考えている(下図)。
これは古典的文献 [9] を極端に解釈したものだが、既に一般に広まってしまっているので、いかんともしがたい。とは言え、海馬を例にとっても顕微鏡レベルで皮質は複雑な形状をしており [10]、一般の脳皮質においても同様であることが通常の脳画像で確認できる。電流・磁場が打ち消し合うのは当然として、何十年も同じ説明に終始するならそれ相応のモデルや実験が今後は必要だろう。
脳磁図は 1968 年に David Cohen が脳の発する微弱な磁気を計測したことから出発しており [11]、生理学的実験により十分に検証できるまではさらに 20 年を要した [12]。つまり、脳磁図は歴史的に生理学的な検証よりも物理学的な技術がかなり先行してきた。生理学的理解は脳磁図という現象を後付けで説明しているに過ぎないので完全な説明は難しい、と言うこともできる。
まとめ:脳磁図の測定限界は、理論値や実験による期待値よりも大きなものだが、頭皮上脳波の半分程度の大脳皮質の同期で済むため、臨床的には感度が高いと言える
脳磁図にとって磁気を計測することがまさに重要であることが理解できたところで、次節では脳磁計のセンサーについて議論したい。
(引用)
- Hämäläinen M, Hari R, Ilmoniemi R, Knuutila J, Lounasmaa O. Magnetoencephalography theory, instrumentation, and applications to noninvasive studies of the working human brain. Rev Mod Phys. 1993 Apr 1;65(2):413-97.
- Murakami S, Okada Y. Contributions of principal neocortical neurons to magnetoencephalography and electroencephalography signals. J Physiol. 2006 Sep 15;575(Pt 3):925-36.
- Baillet S, Mosher J, Leahy R. Electromagnetic brain mapping. IEEE Signal Process. Mag. 2001 Dec;18(6),14–30.
- Chapman RM, Ilmoniemi RJ, Barbanera S, Romani GL. Selective localization of alpha brain activity with neuromagnetic measurements. Electroencephalogr Clin Neurophysiol. 1984 Dec;58(6):569-72.
- Mikuni N, Nagamine T, Ikeda A, Terada K, Taki W, Kimura J, Kikuchi H, Shibasaki H. Simultaneous recording of epileptiform discharges by MEG and subdural electrodes in temporal lobe epilepsy. Neuroimage. 1997 May;5(4 Pt 1):298-306.
- Oishi M, Otsubo H, Kameyama S, Morota N, Masuda H, Kitayama M, Tanaka R. Epileptic spikes: magnetoencephalography versus simultaneous electrocorticography. Epilepsia. 2002 Nov;43(11):1390-5.
- Cooper R, Winter AL, Crow HJ, Walter WG. Comparison of subcortical, cortical and scalp activity using chronically indwelling electrodes in man. Electroencephalogr Clin Neurophysiol. 1965 Feb;18:217-28.
- Hansen Peter, Morten Kringelbach, and Riitta Salmelin (eds), MEG: An Introduction to Methods. New York, 2010; online edn, Oxford Academic, 1 Sept. 2010.
- LORENTE de NO R. Action potential of the motoneurons of the hypoglossus nucleus. Journal of Cellular and Comparative Physiology. 1947 Jun 1;29(3):207-287
- Larriva-Sahd JA. Some predictions of Rafael Lorente de Nó 80 years later. Front Neuroanat. 2014 Dec 3;8:147.
- Cohen D. Magnetoencephalography: evidence of magnetic fields produced by alpha-rhythm currents. Science. 1968 Aug 23;161(3843):784-6.
- Okada YC, Nicholson C. Magnetic evoked field associated with transcortical currents in turtle cerebellum. Biophys J. 1988 May;53(5):723-31.